2012年 02月 03日
昨日、大雪になるとわかっていながら・・早朝、窓のブラインドを開ければ、前日とは全く違う真っ白な光景と降り続いている大雪に、「うわぁぁ~~・・すごい!」と思わず独り言。まずは、マンションの駐車場にある自分の車を、何時でも出られるようにと・・、早速雪かきである。

(マンションの廊下から見えた近くの駐車場。車に積もったこの雪は、朝出勤してから昼までに積もった雪なのである。)
それにしてもよく降ったものである。さらさら雪が車に30センチは積もっただろうか?。「どうれ・・やるか!」と気合を入れ、スコップとスノーダンプを駆使し、3~40分の雪かきが続く。そして、ちょうど終りかけた頃、少々遅刻気味で管理人さんが車で登場。「いやいや、何時もなら15分のところ、今日は雪渋滞で余裕をみなからも一時間半もかかってしまった!」と嘆きの一言。ところが、いちばん奥にある管理人さんの駐車場まで、あまりの雪の深さでたどり着けず、車も雪にうもれてしまった。では・・と、今度は管理人さんの車を空き駐車場に入れるために、又30分ほどの雪かきである。
そうこうしているうちに、マンションの住民達が、次から次に駐車場に登場。雪に埋もれた自分の車を何とか出さなければならない。中には高齢者もいるものだから、スノーダンプを一生懸命に押す老体に鞭打つ姿を見てしまえば、又手伝わないわけにはいかない。そして又、40分ほどの雪かき手伝いである。
やれやれ・・と、何時の間にかようやく車を止めた管理人さんだが、今度は玄関附近や客用駐車場の雪かきをせねば・・と、70歳を過ぎたそんな管理人さんを見たならば、またまた手伝わないわけにはいかない。そこで又30分の雪かきである。そして、ようやく終りかけた頃、二人とも「自転車小屋の屋根・・雪で大丈夫だべが~・・?」と、その屋根に積もった80センチほどの雪に唖然!。「もう昼だし・・、ちょっと休んでからにすべっは~・・。」と、汗で濡れてしまったTシャツなどを着替えるために暫し自室に戻る。
そして昼ごはんを済ませ、今度は自転車小屋の屋根に登って二人で雪下ろしである。30分ほどが過ぎ・・、又少々汗ばんだ頃、「すいません、車出せないんで・・お願いできますが!」と、下で自転車小屋の私たちを見上げる住民の奥様の困った表情。それならば手伝わないわけにはいかない。二人屋根から降り、その駐車場に行ってみれば、四駆だというその車は、車底を硬い雪に乗り上げてしまったようで、つまり亀の子状態。これでは、いくら頑張ってエンジンを全開にしても脱出は出来ない。
そこで、車をジャッキで上げながら、車の下に固まっている雪を掃き出す。何とか出られそうな状態になったのだが、雪の運転が苦手だというその住民に代わって私が運転。40年近くも雪国で車を走らせていれば、脱出方法もうまくなるものである。後ろへ・・前へ・・と、少々反動をつけながらようやくその窪みから脱出した。それに要した時間・・約40分。「いやぁ~・・ありがとうございます。何とお礼を言えば良いのか・・本当にありがとうございます。」、管理人さんと二人、そんな言葉を聞けば、それまでの疲れが吹っ飛んでしまう。・・やれやれ・・と思う間もなく、まだ自転車小屋の雪降ろしが終っていなかったことに気がつく。管理人さんと二人、「どぉ~れ・・、やるかぁ~・・!」と、又自転車小屋の屋根に登り、残っていた雪かきである。
終ってみれば、私は昨日、一日のほとんどを雪かきに追われてしまったようである。

それにしてもよく降ったものである。さらさら雪が車に30センチは積もっただろうか?。「どうれ・・やるか!」と気合を入れ、スコップとスノーダンプを駆使し、3~40分の雪かきが続く。そして、ちょうど終りかけた頃、少々遅刻気味で管理人さんが車で登場。「いやいや、何時もなら15分のところ、今日は雪渋滞で余裕をみなからも一時間半もかかってしまった!」と嘆きの一言。ところが、いちばん奥にある管理人さんの駐車場まで、あまりの雪の深さでたどり着けず、車も雪にうもれてしまった。では・・と、今度は管理人さんの車を空き駐車場に入れるために、又30分ほどの雪かきである。
そうこうしているうちに、マンションの住民達が、次から次に駐車場に登場。雪に埋もれた自分の車を何とか出さなければならない。中には高齢者もいるものだから、スノーダンプを一生懸命に押す老体に鞭打つ姿を見てしまえば、又手伝わないわけにはいかない。そして又、40分ほどの雪かき手伝いである。
やれやれ・・と、何時の間にかようやく車を止めた管理人さんだが、今度は玄関附近や客用駐車場の雪かきをせねば・・と、70歳を過ぎたそんな管理人さんを見たならば、またまた手伝わないわけにはいかない。そこで又30分の雪かきである。そして、ようやく終りかけた頃、二人とも「自転車小屋の屋根・・雪で大丈夫だべが~・・?」と、その屋根に積もった80センチほどの雪に唖然!。「もう昼だし・・、ちょっと休んでからにすべっは~・・。」と、汗で濡れてしまったTシャツなどを着替えるために暫し自室に戻る。
そして昼ごはんを済ませ、今度は自転車小屋の屋根に登って二人で雪下ろしである。30分ほどが過ぎ・・、又少々汗ばんだ頃、「すいません、車出せないんで・・お願いできますが!」と、下で自転車小屋の私たちを見上げる住民の奥様の困った表情。それならば手伝わないわけにはいかない。二人屋根から降り、その駐車場に行ってみれば、四駆だというその車は、車底を硬い雪に乗り上げてしまったようで、つまり亀の子状態。これでは、いくら頑張ってエンジンを全開にしても脱出は出来ない。
そこで、車をジャッキで上げながら、車の下に固まっている雪を掃き出す。何とか出られそうな状態になったのだが、雪の運転が苦手だというその住民に代わって私が運転。40年近くも雪国で車を走らせていれば、脱出方法もうまくなるものである。後ろへ・・前へ・・と、少々反動をつけながらようやくその窪みから脱出した。それに要した時間・・約40分。「いやぁ~・・ありがとうございます。何とお礼を言えば良いのか・・本当にありがとうございます。」、管理人さんと二人、そんな言葉を聞けば、それまでの疲れが吹っ飛んでしまう。・・やれやれ・・と思う間もなく、まだ自転車小屋の雪降ろしが終っていなかったことに気がつく。管理人さんと二人、「どぉ~れ・・、やるかぁ~・・!」と、又自転車小屋の屋根に登り、残っていた雪かきである。
終ってみれば、私は昨日、一日のほとんどを雪かきに追われてしまったようである。



毎朝、車で仕事に向かう前に、まずは自分の車を出すためにマンション駐車場の雪掃きをしなければならない。道路手前にある私の車はまだしも、二十数台の一番奥にある車は、その長い通路の雪掃きがとても大変。管理人さんも、朝から晩までアプローチや客用駐車場の雪かきである。

























「ロートレック」は、13歳の時に左の大腿骨を、14歳の時に右の大腿骨をそれぞれ骨折したために脚の発育が停止し、成人した時の身長は152cmに過ぎなかったという。胴体の発育は正常だったが、脚の大きさだけは子供のままの状態であり、それは、血縁同士の結婚による遺伝子疾患とも言われているようだ。そんな「ロートレック」が、身体障害者として差別を受けていたことは、彼にとってどれほどの屈辱だったろうか・・と。そんな彼だが、娼婦や踊り子のような夜の世界の女性たちに共感、パリの「ムーラン・ルージュ(赤い風車)」をはじめとしたダンスホールや、酒場などに入り浸り、デカダンな生活を送ったという。そんな彼だからこそ・・、「ムーラン・ルージュ」を知り尽くしていたからこそ・・、絵の美しさ・・だけではない、踊り子たちの奥の深いその魅力に迫り、表現することが出来たのかもしれない。アール中だったこともあってか、脳出血により、母に看取られ37歳で死去してしまう「ロートレック」。
もし彼が、もっともっと人生が長かったならば、どんなポスターや・・、どんな絵を極めていただろうか・・?と思ってしまう。彼はきっと、必ずや多くの人類の“こころ”に、もっともっと、大きな財産を残てくれたことだろう。その37歳という短い生涯で、彼はポスターをたった31点しか残さなかった“トゥールーズ=ロートレック”。私は、福島のあの「諸橋美術館」や、先日訪れたばかりの東京は「三菱一号館美術館」の『トゥールーズ=ロートレック展』で、その31点の中の大半と出会う事が出来たことに・・・感謝である。