住宅を建築しようとするときに、なにもない新地に立てるときだけではなく、建て替えによる建築・・つまり、これまで住み慣れた建物を解体して建築される場合も少なくはない。建築設計を仕事とする私も、その解体工事現場に立ち会うことも多いが、そんな時、以前から決まって思い出すことがある。何時のことだったか、怪獣のような重機によって、バリバリ・・・ドスン・・と、屋根をはがし、柱を折り、容赦なく無残にも壊されていく自分の家を、どんな思いが込められていたのだろうか、腰の曲がった・・あるおばあちゃんが、その現場の片隅で、一人ポツンと涙しながら見詰め続けていた姿が、なぜか私の記憶から消えることはない。これから新築されようとする期待感の裏には、苦労を重ねながらようやく掴んだ一戸建ての意味が、そして数々の思い出が詰まった空間が、一瞬にして消え行く姿を眺めるのは、平常心ではいられないことを目の当たりにした瞬間だった。
時として、そんな辛い思いをさせたくない・・という思いから、解体工事期間に、より多くの思いが詰まっていることだろう・・おばあちゃんやおじいちゃんを、何とか現場に近づけないように仕向ける家族も何度か目の当たりにした。それほどに解体作業とは、無残さがあり、勿論の事“壊す”こととは、コツコツと“つくる”ことよりも数段に容易なことである。
先日のこと、早朝からパソコンに向っていると、近くで、バリバリバリ・・・ドスン・・という音を聞き、あっ、先日、マンションのロビーに告知があった、マンション東隣の解体作業が始まったのか・・と、思わずベランダに出てみれば、確かに重機による解体作業が始まっていた(冒頭の写真)。よく見れば、ここのおばあちゃんは、そんな現場の側で、たんたんと畑作業をしている。さて、この住宅に、どんな思いがあるやなしや、私は、又あの時のおばあちゃんを思い出しながら、その上空から器用に操作される重機に感心しながら暫くの間その状況を眺めていた。そんな解体工事も、3日も経てばすっかり完了。なにもなかったかのように、綺麗に整地されていた(下)。
・・・と思った先日、又朝一番に、バリバリバリ・・・ドスン・・という音が鳴り響いた。何が始まったかと、音のする我が家の真下を覗いてみれば、何と、すぐ東隣の住宅も解体工事に入った様子(下)。
実は、ロビーに告知があった解体工事とはこの工事のことであって、先日完了していた解体は、管理人さんも知らなかったと後で聞いた。私は、この偶然に、なぜか微笑んでしまった。今後、同時に二つの現場の騒音を引き受けることになってしまったが、これも、建て替えによる建築の、避けては通れない宿命。隣家に住む私たちは全て・・”お互い様”と、引き受けなければならない。それにしても、この5日と違わない同時の解体作業。不況にあえぐ建設業界。ここだけは建築ラッシュ・・・別世界のようだ。