青木建築設計室のブログ
2014-01-03T20:04:58+09:00
aoki-sekkei
建築に関することや日々の雑感
Excite Blog
新年のご挨拶
http://aokisekkei.exblog.jp/21784204/
2014-01-03T15:25:00+09:00
2014-01-03T20:04:58+09:00
2014-01-03T15:24:45+09:00
aoki-sekkei
コラム
ブログを大分さぼっておりますが、
どうぞ今年もよろしくお願い致します。
ベランダから見る、今日の千歳山。
山形は、雪も少なくとても穏やかな正月をむかえております。
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雪が舞い始めた・・“千歳山”
http://aokisekkei.exblog.jp/21670390/
2013-12-18T15:04:00+09:00
2013-12-20T21:43:25+09:00
2013-12-18T15:04:17+09:00
aoki-sekkei
自然・植物
そして先日、久しぶりに登った時は、もう雪が舞っていたのである。
七合目あたりの登山道。
雪で真っ白になった「山頂展望台」
「山頂展望台」のシルエット。
足元は、踏めば土がまだ染み込んで来る。
忙しかった某・「整形外科医院」の工事も無事完了。祝賀会ももう既に終っているというのに、私は、今度は何時自分のブログと向き合うのか・・・・?]]>
今日は・・、山頂で“コーヒー”
http://aokisekkei.exblog.jp/20896530/
2013-08-25T16:53:00+09:00
2013-08-25T22:43:42+09:00
2013-08-25T16:53:37+09:00
aoki-sekkei
自然・植物
あたえられたそんな仕事を制覇してしまえば、やはり真っ先に向かうのは一週間ぶりの千歳山・・である。
ジージー・・チチ・ジィージィー・・と、絶え間なく続く蝉の鳴き声に包まれながらも、私のTシャツの下を通り抜ける爽やかな風に、どこか間もない夏の終わりを感じさせる。トツトツと何時ものリズムの足元には、この夏を生きぬいた蜻蛉や蝉の死骸がころがり、それでもまだ小さな虫たちは精一杯動き回わっている。
そして、めきくるめく、木洩れ日も美しいそんな登山道をゆっくりと楽しみながら・・、山頂にたどり着く。・・ふぅ~・・ッ・・と、小さく一息はけば、山頂展望台の椅子にやおら腰を掛け、あぁ~~・・ッ・・美味い!。今日の私のリュックには、水筒に入れた熱々のコーヒーを忍ばせているのである(左)。遠くの・・、雲に隠れた月山の姿を思い浮かべながら、そして、この夏初めて感じるヒヤッとするほどの爽やかな風をじながら・・“至福の時”である。
今だ探し続ける3:11で失われたたくさんの“いのち”。終息の見えない・・、いや、振り出しに戻ったかのような人の力など全く及ばぬ“福島原発”。人と人が殺しあう“シリア”や“エジプト”。その“理屈”などどうでもいい・・、戦争のおぞましさ!。先日、生きる意味を見失った・・歌手・新宿の女“藤 圭子”。この世の理不尽さや不条理・・。そして、例えようの無い様々な涙は・・美しいのか。
自宅近くの公園で、何時ものブランコで休日の大半の時間を費やす自閉症の少年の彼は、今日はどこか笑顔だ。暫くして、自宅に戻りベランダに出れば、千歳山の遠くの遠くの空の、何があっても決して変わることのない、この空の“青さ”・・・。
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「ヤマユリ」 と 「アゲハチョウ」
http://aokisekkei.exblog.jp/20812893/
2013-08-04T11:43:00+09:00
2013-08-06T19:52:04+09:00
2013-08-04T11:43:11+09:00
aoki-sekkei
自然・植物
突然私の頭上で、プツプツ・・プツ・・と、落ちだした雨粒を木の葉が受け止める音が聞こえる。えっ・・、雨か?と、生い茂る枝の間から空を覗けば、先ほどまで明るかった空に墨で刷いた様な雲が立ち込めている。だが、笠が必要ないほどに木の葉がその雨粒を受け止めてくれているようだ。
そんな雨粒の音の中、自分の足元だけを見詰めながらトツトツ・トツトツ・・と、何時ものリズムで山頂に到着。そして足元から視線を上げれば、とても可憐な姿で僅かな風に揺れる「ヤマユリ」の姿が目に飛び込む(上)。深い緑の中で、異質なまでの「ヤマユリ」のその白い色がとても美しい。
何時の間にか雨粒の音が消え、今度は強く差し込む日差しが下山を続ける私の足元に“木洩れ日”を映し出す。こんな短い間に、千歳山のいろいろな美しさが目まぐるしく駆け抜ける。
そんな時、ふと、山口県周南市で起きた連続殺人事件を思い出す。犯人だろう63歳の彼は、緑深い山に6日間もこもり続けていたと言う。この緑深く美しい山の懐に6日間も抱かれながら、いったい彼は何を思っていたのだろうか・・。自分の罪の深さと向き合い、深い緑に包まれながら、一体彼は何を感じていたのだろうか・・と。
千歳山を降り、自宅に向かう足元のアスファルトから、落ちた雨水を蒸気に変え、ムッ・・とする熱気が立ち込める。風の止んだそんな熱気の中で、黒く美しいアゲハチョウが私の周りをフワフワ・フワフワ・・と漂う。思わずリュックからデジカメを取り出し、無心に・・そしてそおっと追いかけてみる。暫くして、私の存在など気にも止めぬように、ようやく甘い花の蜜を探り出し、その花びらの上で羽を休めた(上)。
ふと、足元を見れば、紫陽花の小さな花びらが、アスファルトを美しい紫色に染めていた。
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“参院選”、そして路地裏の“紫陽花”
http://aokisekkei.exblog.jp/20760093/
2013-07-22T12:22:00+09:00
2013-07-24T06:06:19+09:00
2013-07-22T12:22:27+09:00
aoki-sekkei
コラム
さて、出かけるか!・・と、私は昨日の朝、小さな紙を1枚握り締め自宅を出た。参院選の投票用紙である。投票会場まで徒歩で約10分間の道のり、休日で静まり返った山形県庁のビルを横目に、午前九時半、全く活気の無い投票場に到着した。
参議院の存在意義や見え透いたこの選挙の結末に、この会場には無言だからこそ伝わる白けムードが漂っている。そして、両院のねじれや、言葉だけが飛び交う“アベノミクス”や原発の行方を案じながら、私はおもむろに投票用紙に鉛筆を走らせた。・・・カツカツ・・カツ・と、その下のアルミ板をなぞる、そんな無機質な音が何故か心に残る。
ちょっと遠回りをして自宅に向かった私は、路地裏の鮮やかな「紫陽花」の美しさにに暫し足を止める(上)。先週の山形には、「紅花」が咲き誇っていた(冒頭の画像。山形高瀬「紅花あれあいセンター」にて)。
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「岡本太郎」 と 「フランシス・ベーコン」
http://aokisekkei.exblog.jp/20699075/
2013-07-08T10:08:00+09:00
2013-07-08T20:38:51+09:00
2013-07-08T10:08:35+09:00
aoki-sekkei
芸術
誕生という、誰しもが母胎から引きなされたときにあげる・・叫び!。・・私たちはそれを「産声」と呼ぶ。
「ムンク」の、体から搾りだされるような、あの『叫び』・・の絵とは違って、「フランシス・ベーコン」(1909-1992)の描いた、この・・『叫ぶ教皇の頭部のための習作』(左)・・の前に佇めば、あの「産声」という叫びから、怒りの叫び・・、悲しみや恐怖や苦痛の叫び、・・と言った、人間が持ち合わせた全ての叫びが含まれているのではないか・・と感じさせるのである。それは、たとえ声にならない叫び・・さえも!。
(画像は全て図録から)
そして、私たちはその誕生によって輝かしい未来に包まれるのと同時に、多くの背負いきれないほどの現実を否応無く贈与される。そしてその表出を受容される中で、私たちは、私達自身が・・、”自己が存在する”、ということを引き受けていくのだという。
二つの大戦のさ中、民間防衛軍の空襲対策部に所属していた「フランシス・ベーコン」は、生存者や死体を捜す日々に明け暮れ、宗教(神)によって救われなかった多くの人体(死体)を目の当りにしていた。
芸術から出現するものはもはや理想でもなければ調和でもない。芸術が与える解決は、矛盾にみちた不協和音と、混沌とした曖昧さの中に見いだされなければならない。
フランシス・ベーコン
ベーコンは、世界大戦後の人間を、いわば絶滅収容所の肉塊のように描いた。一見おぞましいその画面は、しかし、宗教画のようなに壮麗でもあるのだ。ベーコン展が美術館を収容所の残酷と大聖堂の荘厳を兼ね備えた異様な空間に変えてしまうのを、その空間を声にならぬ叫びと黒い笑いが満たすのを、われわれはぜひとも目撃せねばならない。
批評家 「浅田 彰」
世界に知られた巨匠と言われる昨今の、東京国立近代美術館「フランシスベーコン展」・諸橋美術館「岡本太郎展」を観て、共通に感じる事があった。生まれた時期も、それぞれ第一次二次大戦を目の当りにし、芸術の変革時期にさしかかりながら、自らの手法を貫き通したこの二人。
先日訪れた「岡本太郎展」の展示場には、数々の絵とともに、「岡本太郎」自身の言葉が文字になって掲げられている。
何のためにこの世に来たのか
そして生き続けているのか
ほんとうを言えば誰も知らない
本来、生きること死ぬことの
絶対感があるだけなのだ 岡本太郎
「今日の芸術は、
うまく あってはならない。
きれい であってはならない。
ここちよく あってはならない。」
岡本太郎
それは、画家に限らず、人間なら誰しも自分の存在の意味やどう生きるのか、生きなければならないのか、命とは何か・・を、突き詰め、行動や“カタチ”にしてみせる。ある人は、それを音楽に、又ある人はそれを映画に、そしてこの画家たちも自分の手法で、その“カタチ”を絵画にして観せたのである。
全国に広がる「縄文土器」に、日本の美(芸術)を見出し、「縄文土器論」や「沖縄文化論」など独自の文化論で社会を挑発し続けた「岡本太郎」。彼自ら撮影したと言うこの縄文の「土偶」は(上)、何故か「太陽の塔」のてっぺんで構える顔に似てはいないだろうか?。
今日の最後に・・・
実ゆーとピカソよりベーコンの方がスキなんだ。
超エロだもんね。
なんてったって芸術家は狂気と色気だからね。 フォトグラファー「荒木経惟」
宮城県美術館で、今開催中の「ゴッホ展」・においても、この二人の芸術家と共通する“何か”・・を、感じずにはいられない。
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千歳山、まるで“枯山水”
http://aokisekkei.exblog.jp/20597751/
2013-06-15T16:18:00+09:00
2013-06-15T16:35:24+09:00
2013-06-15T16:18:30+09:00
aoki-sekkei
自然・植物
そんな場面・・に出くわすのは、一生にそう何度も無いものである。
雨が上がった今朝方、私は何時ものように千歳山に向かい、そして何時ものリズムで山頂に到着・・と思ったその瞬間、目の前で、美しすぎる・・“そんな場面”・・に出くわしたのである(下)。
何という光景だろうか!
白い花を蓄えた目の前の木々は、先ほどの雨に濡れて黒く立ち、その雨粒で叩かれ散ってしまったばかりなのか・・一面に無数の純白の花びら。その木々の奥は、靄にかかって霞んでいる。それは、絶妙な明るさと暗さと、無風の透明感と、私以外登山客一人もいない静かさの中、私は、まるでその枯山水の中にいた!。
先日から、千歳山登山道に、名前の知らない白い花びらが、所々に美しい光景を作っていたのだ。そして、雨、無風、気温、霧、時間、そして自然が埋め込んだ幾つかの岩石・・と、これら全ての条件が揃った今朝、この美し過ぎる光景を創りだしたのである。(稲荷神社に続く登山道の、たくさんの赤い鳥居の足元に・・無数の白い花びらが。)
暗黒の宇宙に浮かぶ奇跡のこの地球・・・、何とも不思議な星である。
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あっぱれ・・“DJポリス”
http://aokisekkei.exblog.jp/20561247/
2013-06-07T11:53:00+09:00
2013-06-07T12:54:53+09:00
2013-06-07T11:53:45+09:00
aoki-sekkei
コラム
「日本代表のユニホームを着ている皆さんは12番目の選手です。
日本代表はルールとマナーを守ることで知られています。
・・・・
お巡りさんも喜びたいのです、こんな良き日に怒りたくはありません。
チームワークをお願いします。駅の方向へ進んで下さい」
・・・・
「目の前にいるお巡りさんも、みなさんが憎くて怖い顔をしているわけでは
ありません。心の中ではW杯出場を喜んでいるのです。」
近くで胴上げを始めた集団に・・
「それはイエローカードです。」
と穏やかに注意。
「みなさん、明日も仕事です。そろそろ帰りましょう。」
「みなさん、おうちに帰るまでが応援です!」
(画像はネットから。)
その日、あの渋谷スクランブル交差点は、そんな呼びかけに従い何時ものように整然としていた。
たった一人の青年によるこの呼びかけが、歓喜に沸きあがる群衆の暴動を制したのである。
そして、そのマイクを握る警察官に、「いいぞ!・・という掛け声とともに、拍手さえ巻き起こったという。
マイクを持った彼の正体は、警視庁第9機動隊に所属する20代の隊員とのこと。
70年から、様々な警備の場面を想定した「機動隊警備広報競技会」が催されていて、彼は、若いながらそこで優勝しているという存在。
そのジョークを交えた語り口と笑顔、何より“あっぱれ!”・・なのは、彼の、心から呼びかけ、そして心に届いたその言葉だ。
それは、力でねじ伏せる・・・というかえって反発を呼ぶ物理的な厳しい規制よりも遥かに効果的である。つまり、「ペンは剣よりも強し」??、人の“こころ”を打つ言葉は、時として腕力よりも強し・・という証である。
先日、サッカー日本代表のW杯出場を決めたその夜、東京渋谷駅前の人ごみの中マイクを握る警察官が「最高の仕事をした」と、脚光を浴びた。
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山寺・50年ぶりの“御開帳”
http://aokisekkei.exblog.jp/20531560/
2013-06-01T17:02:00+09:00
2013-06-01T17:06:39+09:00
2013-06-01T17:02:22+09:00
aoki-sekkei
祭り・イベント
さて、炎天下の中で40分も過ぎただろうか、ようやく根本中堂の中に入った。長蛇の列はまだたまだ続くが、10分ほどしてようやく御本尊の正面に立った。そして、山寺を建立した「慈覚大師」自らが掘り込んだという「薬師如来坐像」の、そのうつむきかげんな視線と私の視線がぴたっと合った。当時からそう見えていたのだろう、薄暗さの中にそっと浮かび上がるその表情は、チラシ(上の右)などで想像していたものよりもずっと大きく感じ、 “なにごと”をも抱え込むような荘厳な深さと気品を感じさせた。
そして、久しぶりに山門から奥の院まで続く1015段の石段を登り、「せみ塚」、「弥陀洞」、そして山寺随一の展望台である「五大堂」に立ち、暫しその眺望に見惚れていた。
見逃してしまった方でも、《特別御開扉》として、下記の日程でも公開されようです。
■6月13日(木)「四寺廻廊・四寺法要」
■7月14日(日)「第56回全国俳句山寺大会」
■8月4日(日)「磐司祭・第9回全国獅子踊りフェスティバル」
■10月20日(日)「野点」
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衝撃の “フランシス・ベーコン”~・”山海塾”へ
http://aokisekkei.exblog.jp/20506006/
2013-05-27T19:28:00+09:00
2013-05-28T12:23:49+09:00
2013-05-27T19:28:02+09:00
aoki-sekkei
芸術
● 見事に修復された美しき 「東京駅」
● ヒューマン建築を超えた建築 「東京国際ホーラム」
● 銀座は話題の 「新・歌舞伎座」
● イタリア・ルネサンスは、国立西洋美術館 「ラファエロ・展」
● 26日まで・・と、ギリギリ間に合った、東京国立近代美術館 「フランシス・ベーコン展」
● 世田谷パブリックシアター 「山海塾・歴史いぜんの記憶—うむすな」
● ブリジストン美術館 「Paris・パリ・巴里—日本人が描く1900~1945」
● 印象派はルノワールの最高傑作と出会った、三菱一号館美術館 「奇跡のクラーク・コレ
クション」展
● 彼の戦争絵画に本質が見えた、向井潤吉アトリエ館 「向井潤吉と四季」展
私はこれらの全てを制覇し、無事帰宅。(画像は全てチラシや図録から)
あのピカソと並ぶ世界的巨匠“フランシス・ベーコン”。そして、その”ベーコン”から影響を受けていた「土方巽」(上は、その疱瘡譚の1枚)と同じ舞踏家の「天児牛大」率いる”山海塾”(下)。
私たちの体の記憶・・。
奇跡とは・・、芸術とは・・、美とは・・、
それは、血や肉・脊柱・・、そんな人間自身の”肉体”そのものにあるのだと、突き抜けたこの二人の芸術家が、美しく深い表現で静かに気付かせてくれた。
特に、フォービズム・キュビズムといった、ひたすら新しい芸術の形式を追い求めていた時代、すなわち第一次、及び第二次世界大戦を目の当りにし、無神論者であり保守的なサッチャー時代に同性愛者だった“フランシス・ベーコン”。彼の数々の作品に、私は、おそらくはこれまで目の当りにしてきたどんな芸術よりも (たぶん、スペインで出合ったピカソの”ゲルニカ”以外に・・)、強く心に響き、揺さぶられ、・・そして救われた芸術はない。だが、私の中の感動的な変化をこのブログで今言葉に出きるほど整理しきれていないのである。
つい先日、対面し直視した彼の絵から伝わる衝撃の記憶と、この私には生涯宝になりそうなその図録に暫くの間酔いしれながら、“フランシス・ベーコン”と自分自身について、いつかこのブログで少しでも語れることが出来たなら・・と。
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美しきかな!!・・”千歳山”
http://aokisekkei.exblog.jp/20465795/
2013-05-20T11:28:00+09:00
2013-05-20T13:08:28+09:00
2013-05-20T11:27:41+09:00
aoki-sekkei
自然・植物
上の左下の真っ黒な影は、私が仕事で使用しているパソコンのディスクトップ。右側の黒い影はテラスサツシの縦枠。つまり、私の仕事場の机正面が全面窓カラスで、ブラインドを全開すれば千歳山の緑が常に見えているのである。暫し椅子の背もたれに体を任せ、キーボートの替わりにコーヒーを片手に、日々変わり行く美しい山肌の緑に見惚れるときも・・。
先日、私はそんな窓ガラスのちょっとした汚れが気になって、たっぷりと時間を掛けガラスをピカピカに磨きあげた。
涼しいうちに・・と、今日の早朝、私はそんな美しい千歳山の懐に又潜り込んだ。
昨夜落ちた雨が木々の乾いた幹を黒く濡らし、雨に洗われた若く眩しい緑との強いコントラストが目にとても心地よい。それに、その光景が半袖の腕に触れるヒヤッとする僅かな風と相まって、まるで”こころ”までもが浄化されそうな爽やかなその感覚に、思わす・・・”気~持ちいい~!”。一面緑に覆われた登山道に、赤いヤマツツジや木々に咲き誇る白い花びらが色を添える。そして、日々ゆっくりと変わり行くそんな山の光景が、坦々とどこまでも進みゆく、忘れていた”時間”の速さと長さを教えてくれる。
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各地の美術館に、芸術が迸る!!
http://aokisekkei.exblog.jp/20449660/
2013-05-16T14:34:00+09:00
2013-05-16T14:44:10+09:00
2013-05-16T14:34:54+09:00
aoki-sekkei
芸術
某・整形外科の改築に当たり、まずは仮設医院への引越しに追われたゴールデンウィークもあっという間に終わり、只今足場に覆われた既存医院の解体工事に突入。現場は、たくさんの解体職人が行き交い、重機のエンジン音が響き渡る。
そんな医院の設計者である私だが、これまで同様仕事の合間に三・四日に一度という何時ものリズムで千歳山にも登り、見逃してはいけないと美術館にも通うだけの時間はあった。眩しいほどの若い緑に染まる美しい千歳山や、ブログで紹介しきれないほどの数々の美術展を観て回り、大きな刺激を受け続けていた。
〇 改めてあの美しい色使いに魅せられた「岩手県立美術館」は『マルク・シャガール:版画展』
〇 82歳になってもなお芸術を探求し続ける・・岩手県花巻市「萬鉄五郎記念美術館」は『大宮正郎:展』
〇 指先のような愛用の筆をもち、キャンバスとパレットとを何十万回と往復したことだろう「天童美術館」の『画家とパレット・近代の巨匠たち』
〇 待ちに待った憧れの画家:小説家:映画監督「山形美術館」は『池田満寿夫:展』
〇 若くして完成していた画法に驚嘆させられた「郡山市立美術館」は『小磯良平の世界』展
〇 “何か”を伝えるための、究極までにそぎ落とした芸術:福島県須賀川「CCGA現代グラフィクアートセンター」の『THA POSTERAS 1983-2012』展
そして先日、ゴールデンウィークの替わりにようやく休暇が訪れた私は、「クリムト展」の「宇都宮美術館」を目指し、一泊と決め車を南に走らせた。
まずは・・
〇 ちょっと遅かったか?、「ふじの花」が600畳もの広さに咲き誇る「あしかがフラワーパーク」
〇「栃木県立美術館」の”西洋名画から無名画家の発見まで”『コレクション:万華鏡』展
〇 芸術家”クリムト”の世界観が満ち溢れた・・「宇都宮美術館」の『クリムト:黄金の騎士をめぐる物語』展
〇 何時ものメルヘンの世界から、初めてあの大震災を描いて見せた・・栃木県は那須にある『藤城清治 美術館』・・・などなど。
そして来週は、東京「世田谷パブリックシアター」の山海塾公演・『歴史いぜんの記憶—うむすな』
今、山には眩しいほどの新芽が咲き誇っているが、各地の美術館も春に入ってたくさんの芸術が眩しく輝いている。
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“大地震に大津波”・・そして“放射能“!
http://aokisekkei.exblog.jp/20385966/
2013-05-04T16:03:00+09:00
2013-05-04T17:07:25+09:00
2013-05-04T16:02:34+09:00
aoki-sekkei
コラム
あの3・11で、真っ黒な色した大津波に飲み込まれ、長年積み上げてきた大切なものや、たくさんの命を奪われ何も無くなったその光景・・。何も無いだけに、石巻などのその悲惨さはどこまでも惨く言葉にならない。
だが、何も変らない町の姿に、ただ、人一人存在しない住めなくなったゴーストタウンは、又違った意味の惨さがある。それは、大地震ばかりかあの「福島原発事故」により目に見えない放射能・・とやらに犯され、住めなくなった「浪江町」の閑散とした姿である(上)。
(下:交差点にはガードマンが立ちふさがり、幹線道路以外に無人の街へは入れない。)人間が創り上げた“もの”が、この広大な町を瞬時に飲み込み、ゴーストタウンに変えてしまった・・そのありえない姿・・。私たちは、英知を結集し膨大なエネルギーを手に入れた変わりに、何か、目には見えないとても大切なものをたくさん失っているのかも知れない・・と。
(下:無人になった「浪江町役場」と「飯館村役場」。)
(飯館村役場前では、私たちの線量計が1.43マイクロシーベルトを示している。ちなみに、山形は0.023マイクロシーベルト。約60倍である。)
(大地震と大津波ばかりか、更に放射能にも襲われ、ひっくり返った車はいまだにそのままである。)先日、「福島原発事故」の悲惨さをこの目に刻もうと、福島原発から20キロ圏内の浪江の町に突入。もうそれ以上は入れないという、許されるところまでお邪魔をし、無人化したその光景を自分の心にしっかりと焼き付けたのである。(無人の街に、点滅する歩行者信号が虚しい!)
この町を、このふるさとを無念にも後にしなければならなかったたくさんの人たちは、今、何処でどんな生活を強いられているのだろ・・。
さて、整形外科医院改築工事のため、仮設医院への引越しに追われていたら、ゴールデンウィークもあと二日を残すだけとなった。連休開けには診療開始しなければならないのだから、施主は勿論、私を含め工事関係者はみんな連休返上し仕事となった。
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“千歳山”にも、春が!
http://aokisekkei.exblog.jp/20359861/
2013-04-29T17:51:00+09:00
2013-04-29T18:06:56+09:00
2013-04-29T17:51:05+09:00
aoki-sekkei
自然・植物
ここのところ仕事に追われていた私にとって、今日はほぼ10日ぶりの千歳山。乾いた登山道が、芽を出したばかりのうぶな緑に色付いて爽やかな春の香りを放ち始めていた。
(上:山頂付近で咲いていた、バラ科の”オクチョウジザクラ”)
ところどころに、真っ白な「コブシ」に似た「タムシバ」や、ピンクの色も美しい「山ザクラ」が色を添える。足元では小さな虫たちがゴソゴソ動き回り、頭上では甲高い鳥の囀りが青空に響き渡った。まるで、「生けとし生けるものたち」が急に目を覚ましたかのようである。
つい、踏み潰してしまいそうな、登山道の石の割れ目に花が咲いた。
千歳山の麓には、「カタクリ」の花が・・。
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又も・・“淡路島”、今度は・・“ミサイル”?
http://aokisekkei.exblog.jp/20284561/
2013-04-14T13:19:00+09:00
2013-04-21T20:57:59+09:00
2013-04-14T13:19:43+09:00
aoki-sekkei
コラム
(今日の朝日新聞の第一面)
何時、突然襲われるか分からない地震の恐怖。その地震を幸運にも逃れたとしても予想出来ないほどの大津波に襲われ、あろうことか、今度は目に見えない放射能に襲われる。昨今、中国では、ジワジワと「鳥インフルエンザ」が増え続け、同じ中国から大気汚染による「PM2.5」が日本を襲う。それに、今度は北朝鮮から“ミサイル”が飛んでくるかも知れない・・という。時として、わけの分からないテロや通り魔によって、命を奪われることだってあるのである。
幸運にもそんな災難を潜り抜け、今生き続けている私たちだが、このまま生涯を平穏にまっとうするのは、どうもそう簡単なことでは無さそうである。
とは言っても、いつも何かに恐れているだけ・・というわけにはいかない。健康な体を持ち、生かされている事に感謝しながら、・・私は今日も千歳山を坦々と登り続け、そして山頂に立った。
今日、久しぶりにブログと向き合った私だが、それも、仕事にようやく追いつくことが出来たからである。
かねてより実施設計が完了し、着工を待つだけの「整形外科改築工事」だが、旧医院の解体の前に、工事期間だけの「仮設医院」の工事を完成させなければならなかったのである。「仮設医院」とは言え、安価なプレハブなどでは建築基準法をクリアー出来ず、60坪の工事費約千数百万を投じ、鉄筋の基礎を作り木造にて本設と同じ設備を持つ医院を建てなければならないのである。なんとももったいない話ではあるが、たった四ヶ月・・とは言え、一日たりとも患者さんを放棄するわけにはいかないのである。
そんな工事も、ようやく目途が立ち、工程表に則り着々と進み始めた。
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