東北三県紀行② 仙台 “近代文学館” |
宮城県仙台市で、“近代文学館”の建築設計競技(コンペ)があった。
魅力ある空間や、その設計とデザインを公募するものだった。
私も、昼夜問わず仕事の合間を縫って(そのころまだまだ若かった)
模型も作り、締め切りギリギリに図面も書き上げ・・そして応募した。
これまでも、私のブログで紹介した建築も
この建築設計コンペで勝ち取った建築家が多い。
通常は、数十億という工事費と比較され、その設計事務所の規模・・と合わせて
壮絶な営業合戦でようやくその“指名権”を獲得、その数社の限られた事務所のみで
“指名コンペ”が行われたり、設計監理料という金額の入札で発注を受けるのが一般的なのだ。
それでは、私達のような小さな事務所や建築家は、その建築を設計出来るチャンスは
限りなく・・ゼロに近い。
この仙台市の、“近代文学館”のような「一般公募式」の建築設計コンペは
またと無いチャンスなのである。
参加条件は、ただ「一級建築士」でさえあればいい。
これは、そのとき、昼夜問わず集中力を持続させ、何とか完成させた私の図面なのだ。
上は、全体の設計コンセプト
各階平面図と断面図
その模型写真と内観パースと各設備の説明、それに全体の面積図。
そんな図面を眺めていたら、当時の建築に対する熱い思いが蘇ってきた。
その“近代文学館”
勝ち取った建築家の度肝を抜かれたその図面やプレゼンテーションは
今でも強烈に記憶しているのだが、何故か完成した建築をまだ見ていなかった。
その後の建築の状況も気になり
早速、この旅行の第一番目に訪れてみることにした。
緑に囲まれた膨大な傾斜地に、ほぼ中央を流れ、そして水を蓄える調整池がある。
私も含め、その池の・・“周辺”・・に、池を生かしつつどのような建築がいいのか・・
といった、手法の同じ案がほとんどの中で、勝ち取った彼は
建築をあの「橋」に見立てて、この池をこのように跨いで建築して見せた。
(この写真、橋のように基礎や柱が無いので建物が浮いているように見える)
そして、その中央の池のあたりを、床を円形に切り取り、建物の内部空間に取入れ
同時にこの池を真下に見下ろせる・・といったヒラメキと、引き締まった空間と
基本理念の、誰が見てもわかりやすい建築にしてみせた。
(この写真は、その切り抜かれた床と、その下の池)
そしてのびのびした内部空間
自分も応募しているから解る、この建築の良さ!
ただ、思ったより池の水が濁っていたり・・美しくなかった。
せっかく切り取った床のインパクトとその意味が
弱くなってしまっていたのがとても残念だった。
でも、私はこの建築から、又挑戦したいという意欲と
沸々と湧き上がるエネルギーを与えてもらった。
思えば、主に若い建築家の挑戦が多い建築設計コンペではあるが
あの東京都知事選に立候補した建築家 「黒川紀章」 も、
今も変わらず世界の建築設計コンペに挑戦し、かなりの確率で勝ち取っている。
又、あの銀山温泉の町並みという問題の論議をかもしだした「旅館藤屋」の設計者「隈研吾」も
常に、20箇所前後のコンペに挑戦していると聞く。
お金を使った汚い営業戦略ではなく、実績を十分積み重ねた歳になっても、
真正面から実力で挑み続け、その設計を勝ち取っている。
つまり、その建築家の年齢は全く関係が無く、むしろ歳を重ねるほど
円熟した建築が創れる・・・・と、私は信じている。
つまり、一生挑戦し続けられる・・ということなのだ。
その規模によっては、私でも仕事として立派にこなす自信のある
“近代文学館”のボリュームのような建築設計コンペ!
全国から有能な建築家が集まるこの設計コンペ、勝ち取れる確率・・数百分の一
日々、お客様の建築を全力で創りながらも・・チャンスがあればと
私は・・・・・・勿論まだまだ諦めてはいない!